本記事はBDO三優ジャーナル2025.Jun.No,165に寄稿させていただきました内容です。
「日本経済の最新動向と企業の経営課題」
―トランプ相互関税から脱炭素経営の再確認まで―
三優監査法人名誉会長 杉田 純
上場企業の業績動向を見てみると、東証プライム上場の3月期決算企業約1,000社の業績予想の集計によると2025年3月期の純利益見通しは前期比6 %増の約50兆円と昨年11月末時点の予想から約1.8兆円上振れし (日本経済新聞調査)、4年連続の最高益が予想されている。訪日客向けやエンタメビジネスが好調で為替の円安も業績を押上げている。上振れの要囚の一つが、過去最高に膨らんだ訪日客の需要取り込みで、ANAホールディングスは欧米路線を中心に国際線が好調で、純利益予想を200億円積み増した。知的財産に強みを持つエンタメ企業も業績好調で、ソニーグループはオンラインゲームで純利益予想を1,000億円引上げた。人工知能(AI)関連需要も拡大しており、SCREENホールディングスは半導体製造装置の引合いが強く、純利益予想を前期比13 %増から30 %増引上げた。’ 24年4~12月期の平均レートは1ドル=152円(昨年対比9円程度の円安) が、トヨタでは純利益を9,500億円引上げ、うち円安効果は営業利益べースで2,950億円に上った。非製造業も13%増益と全体を牽引しており、運賃好調な海運は87%増、利上げが追い風の銀行が22 %増となっている。ただ、企業の多くは先行きについて慎重な見方が多くなってきている。特にトランプ政権の関税政策の行方を不安視する企業は多く、業績の先行きを楽観はしていない。
次に日本経済の ’25年1~3月期の実質GDP成長率について、本稿の作成時点で内閣府から指標が公表されていない。そこで、経済アナリスト37名による予想平均をご紹介することとする (ESPフォーキャスト調べ)。それによると’25年1~3月期の実質GDP成長率の予想平均は年率で0.16%増と前期より大幅に予想が下方修正されている。民間消費と輸出が下方修正され、輸人は上方修正された。特に’25年4月以降のGDP成長率についてはトランプ政権の相互関税政策により、輸出中心の日本経済は、企業収益や労働需要の悪化を受け設備投資や個人消費などへ影響が波及すると予想されている。更に、米国と他の国地域での関税率引上げは米国も含め世界経済全体が悪化する可能性があると見ている専門家も多い。
ここで企業課題の【第一のトピックス】として米国トランプ政権が’25年4月2日に公表した「相互関税」の実施による日本を含む世界経済全体に与える影響について大きな関心が集まっていることを取り上いる。相互関税率は日本24%、EUが20%、中国34 %と高水準で、米国を含め各国地域経済への大きな打撃となると見られている。しかも、即座に中国は報復関税の発動を決定したことから、世界的な不況への不安心理が金融市場で高まり、米国株式市場では4月4日主要株価指数が市場3位の下げ幅(3,231ドル、6 %減)を記録し、東京市場も同様に大きく平均株価を下げた。内容としては、原則として世界各国・地域100カ国以上既に一律10%のべースライン課税を4月5日から実施し、日本や中国、EUなど米国の貿易赤字が大きい57カ国・地域については4月9日から上乗せ税率をかけるとしていたが90日間延期された。なお、相互関税とは別に実施予定の関税政策(自動車、鉄鋼アルミニウム製品など品目別関税、カナダ・メキシコなどへの追加関税)とは独立した仕組みになっている。米国によるこれら追加関税の主要国のGDP成長率への影響については、日本が△0.4。%、米国が△0.6%、EUが△0.4%、中国△0.6%程度と予想されている。
日本経済について詳細に相互関税等の影響を見てみると、先述の設備投資や個人消費まで影響が波及する予想に加え、日本に対する相互関税率の引上げ、米国と他の世界各国・地域との関税率引下げにより、世界経済も悪化することから、日本の輸出が対米のみならず中国を含めアジア各国についても大幅に減少する可能性がある。史に、日本の主力輸出品である自動車への関税率(25+2.5=27.5%)が大幅に引上げされるため、悪影響は更に増幅される可能性が大きい。なお、自動車については内容の見直しが行われる予定である。
ここで、財務省の米国向け貿易統計から、相互関税の影響を詳細に見てみると、’24年の米国向け輸出額は21兆2,947億円(前年比十5.1%)、内訳では輸送用機器が7.6兆円で全体の36 %であり、うち自動車が6兆円超で30年以上対米輸出の首位であった。マツダは3,000億円規模の影響の可能性があるとしており米国生産を増加させる必要があるが、増産余地は限定されており、固定費、変動費の削減を行うとしている。自動車の次に米国向け輸出の多いのが半導体製造装置などの一般機械であり’24年度では約4.9兆円(輸出全体の23%)で、中でもAI普及に伴い需要が旺盛な半導体製造装置は5,298億円(前年対比7.5%増)であった。自動車のみならす半導体関連へも大きな影響がありそうである。また日本政府が力を入れてきた農産物輸出についても逆風となる。政府は’30年までに輸出額5兆円を目標にしていた。’24年の農産物の輸出額は1兆5,073億円(前年比3.7%増) で国・地域別では米国向けが2,429億円(前年対比17.8 %増)であり、静岡茶輸出に力をいれてきた静岡県では今までの関税ゼ口が24%課税になるとお茶の輸出には厳しい状況と分析している。なお、米国政府は日本の農業政策が保護主義的であると言及しており、コメの輸入への高度な規制、小麦・豚肉についても輸入制限が貿易を歪めており、ミネラルウォーター、チョコレート、砂糖は関税率が高止まりしていると主張している。なお、今回の相互関税により為替レートが円高の傾向に動くことが危惧されており、好調なインバウンド消費にマイナスの影響を与えることになると想定されている。10円の円高は訪日外国人の人数を2.7%減少させ、一人当たり消費額も3.2%減少させると想定されている。
ところで、注意が必要な大きな課題も残っている。実は、日本の製造業の多くが、米中紛争の継続の影響から、自社のサプライチェーンを既に中国(34%)からベトナム(46%)、タイ(36%)、マレーシア(24%)、インドネシア(32%)、カンボジア(49%)、メキシコ(25%)、カナダ(25%)などへ変更してきている製造企業が多いが、今回のトランプ相互関税では、前記各国への相互関税は日本より高いアジア諸国もあり、ここ数年行ってきた中国から他のアジア諸国で迂回生産し米国輸出を行う日本の各企業は、再度サプライチェーンの変更の検討などを通じて対応を急がなくてはならない。これらの課題も含め、日本企業の相互関税対策は複雑なものとなろう。
【第二のトピックス】もトランプ政権とも関係している大きなテーマである。それは、「温室効果ガス削減」、「地球環境保護」へ向けた動きの世界的な停滞への日本企業の対応である。トランプ政権は化石燃料の活用に力をいれており、そもそも「温室効果ガス削減」には反対している。加えて、SDGsによるサステナビリティ項目である「地球環境保護」などにも関心を寄せない上、企業組織の構成員の多様性も否定している。むしろ多様性は組織の効率化の阻害要因であるとしている。多様性重視、人権保護などについてもトランプ政権は否定的であり、自国内の移民対策などほぼ人権無視で実行している。
ここでは、日本の多くの企業が熱心に進めている、「温室効果ガス削減」、「地球環境保護」の今後の進め方について、参考となる世界の現状と課題について述べることとする。「温室効果ガス削減」については、トランプ政権の「パリ協定」離脱や欧州の政治的混乱もあり、動きが停滞している。気候変動の国際的な枠組み「パリ協定」の締約国に5年ごとに義務付けられている「排出削減目標(NDC)」の提出について9割の加盟国・地域が2月中旬の期限に提出が間に合わなかった。国連事務局の公表によれば、195の国・地域のうち提出したのは16カ国に過ぎなかった。日本は、ブラジル、スイス、英国、カナダと共に、’35年度に’13年度比60 %減、’40年に70%減とする目標を2月18日に提出した。温室効果ガス排出量が多い中国(世界全体の31.8%)、EU(7.7%)、インド(6.8%)も提出していない。各国の提出が進まない背景には、米国での政権交代により、トランプ政権のパリ協定からの離脱通告があったことも大きな要因であった。EUでは’24年6月に欧州議会選挙があり域内調整が遅れた。しかも気候変動対策が厳しすぎるという一部論調により、環境規制緩和の動きもあったが、結果として、欧州委員会は3月3日にEU域内で販売される新車のC0₂排出規制の緩和を公表した。内容は、基準未達分を’25年から1年ごとに算出する方法から、’25年~ ’27年の3年間での算出に変更する。罰金を適用する時期を2年先送りする。これでEV需要の軟化に直面する大手自動車メーカーの負担が軽減されることになる。なお、米国でも第一次トランプ政権の際立ち上がった気候変動対策を進める自治体・企業が加盟する団体「America All In」などがあり、企業や自治体の脱炭素化を進める動きも強まってはいる。他方、EUの気象情報機関は 1月に’24年の世界の平均気温は産業革命前に比して1.6度高くなったと警鐘を鳴らし、2年連続で史上最も暑い夏であったとしている。
他方、地球環境対策も国際合意の持越しが相次いでいる。国連の生物多様性条約第16回締約国会議(COP16)は昨年11月に中断した。「プラスティックゴミ汚染」を防ぐ条約の策定の合意も12月に見送られた。又、12月のCOP16の「砂漠化対処条約」についても干ばつ対策の具体的合意が得られず’26年のCOP16会議まで議論を続けることになった。合意の先送りは「生物多様性条約」のCOP16でも続いている。これは生物多様性の保全や遺伝資源の利用による利益の公平な分配などが議論される予定である。前回のCOP15では、’30年までに陸と海の30%以上を保全する「30bY30目標」など23項目の目標は定められたが進捗をどのように評価するかの技術的な指標などの話し合いは継続している。
以上のように「温室効果ガス削減」、「地球環境保護」など SDGsの主たるサステナビリティ活動について、米国、欧州では前述の状況に見られるとおり少し遅延しつつあり、又、日本のメガバンクは、脱炭素を目指す金融機関の国際的な枠組み(「ネットゼロ・バンキング・アライアンス(NZBA)」)から脱退し始めている。NZBAには44カ国134金融機関が参加していた。これは、トランプ政権成立の前後から、政権の気候変動対応に消極的な意向が明確になり、NZBAの活動が反トラスト法に違反すると明言され、米国の議会も脱炭素を促進する取組みを「気候カルテル」として批判しだしたことにより、主要米銀6行がNZBAを既に脱会し、米国で事業をする日系の銀行も米国で事業活動をするための重要なリスクと考えての脱会であった。他方脱会した日本の銀行では、気候変動リスクには今後の対応を強化するとし、サステナブルファイナンスへの投融資目標を維持し、’50年までに投融資先の企業が排出する温室効果ガスを実質ゼロにする目標も掲げ続けると宣言している。
【第三のトピックス】は、進む日本企業の脱炭素経営についてである。上述のように世界的な脱炭素経営、地球環境保護などは現在、停滞の傾向があるように見受けられるが、日本の上場企業を中心とする大企業では、すでに実際の活動を始めており、その活動の進展状況についての新しい開示要請も義務付けられる予定である。大手企業の一部では、工場やビルでの再生可能エネルギー由来の電力の活用増大によりC0₂排出削減を進めている。日本はパリ協定で温室効果ガス排出量を’30年に’13年対比で46%減を目指している。産業部門の排出量は全体の約3割を占めている。排出量削減が進んだのはスコープ2の電力購入などであった。尚、スコープ1は自社の工場などからの排出であるが、工場での燃料を水素やアンモニアに変更するなどの工夫も出てきている。セイコーエプソンは全拠点の使用電力を再生エネルギーへ変更する予定である。東洋製罐は太陽光発電へ、味の素は東南アジアではバイオマス燃料を計画している。基本的には企業はスコープ1の排出削減のための設備投資を本格化する必要があるとされている。他方、中小企業においても温室効果ガス削減を経営目標に盛り込む国際認定「SBT」を取得した中小企業が’24年10月までに1,000社を超え、2年間で7倍に増えた。世界では’25年3月時点で4,779社であり、うち英国781 社、米国510社である。中小企業の中には取引先の大企業からのサプライチェーン全体の排出量削減要請に応えるための削減努力を行った企業も多かった模様である。以上、日本では、大企業、中小企業を問わず、米国とは異なり、脱炭素経営を進めている。米国のトランプ政権が脱炭素などのSDGs項目について否定的であるが、世界の体制は従来どおり、温暖化阻止への歩みを止めずに行くことが正しい方向であると確信している。