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第4回記事 非上場中堅企業のための戦略的資金調達ガイド―投資家・金融機関との信頼構築の7つの視点― 

グロース市場の教訓を非上場企業に活かす

東京証券取引所(東証)が2025年9月2日に開催した第23回「市場区分の見直しに関するフォローアップ会議」の資料3では、グロース市場における「経営者と投資家の期待ギャップ」を7つの視点で明確化しました。

この分析は、成長志向の企業が資金提供者との信頼を築き、市場での評価を高めるための普遍的な教訓を提供します。これらの視点は、非上場中堅企業にとっても、ベンチャーキャピタル(VC)、プライベートエクイティ(PE)、エンジェル投資家、または金融機関から資金を調達する際に、戦略的な指針として極めて有益です。
本公表資料では、これらの視点を非上場中堅企業の経営環境に適応させ、増資や融資の成功率を高めるための実践的アプローチを提示しています。経営者が抱きがちな誤解と、資金提供者が重視するポイントを対比し、信頼構築と成長戦略の強化に向けた具体策を提案しています。

7つの視点:経営者の誤解と資金提供者の期待

グロース市場における「経営者と投資家の期待ギャップ」にて示された「7つの視点」は、経営者と資金提供者の期待ギャップを埋めるための普遍的な教訓を提供します。非上場中堅企業にとって、これらの視点は以下の点で特に意義深いです:

以下、7つの視点に沿って、非上場企業の資金調達に関する論点をご紹介いたします。

視点1. 成長実績が適切に評価されていないと感じる傾向について

①経営者の誤解

「当社は売上や利益を順調に伸ばしているが、投資家や金融機関からの評価が不足している。」
多くの経営者は、過去の実績を強調する傾向がありますが、資金提供者の関心は将来の成長ポテンシャルにあります。

②資金提供者の期待

将来の成長戦略とその持続性を明確に提示してほしい。具体的には、3~5年で売上を大幅に拡大する計画や、市場での競争優位性をデータで示すことが求められる。

③非上場中堅企業への意義

中堅企業は、既存事業の安定性をアピールしつつ、新市場や新商品による飛躍的成長の可能性を明確に伝えることで、資金提供者の信頼を獲得できます。

④実践的アプローチ

・増資の提案時:投資家向け資料で「当社は過去5年で売上20%増を実現。次は〇〇億円規模の市場で新サービスを展開し、3年後にシェア10%獲得を目指す」と具体的な成長計画を提示。データに基づく計画で、VC(ベンチャーキャピタル、以下同様)やPE(プライベートエクイティファンド、以下同様)から高評価を得て調達額を最大化。

・融資の申請時:金融機関に「5年後の売上目標〇〇億円、利益率〇%」を示す事業計画を提出。安定成長とリスク管理をアピールし、金利優遇や融資額の増大を実現。

視点2. 資金調達が企業価値の低下を招くと懸念する傾向について

①経営者の誤解

「新株発行による資金調達は、既存株主の持分を希薄化し、企業価値を下げるため慎重になるべきだ。」
増資を控える経営者は、短期的な影響を過度に懸念する傾向があります。

②資金提供者の期待

資金調達が企業価値向上につながる明確なエクイティストーリーを提示してほしい。資金の用途、投資回収期間、期待される成果を具体的に示すことで、積極的な投資が評価される。

③非上場中堅企業への意義

中堅企業は、資金調達を成長加速の機会と捉え、明確な投資計画を示すことで、資金提供者の信頼を獲得できます。

④実践的アプローチ

  • 増資の提案時:投資家に「調達資金で新生産ラインを導入し、3年で売上2倍、利益率5%増」と具体的な投資計画を提示。価値向上のストーリーで、プレミアム評価での出資を獲得。
  • 融資の申請時:金融機関に「資金でデジタル化を推進し、3年後にキャッシュフロー〇〇億円増」と予測を提示。リスク低減をアピールし、担保なし融資や大型融資を実現。

視点3. 即時的な利益還元が求められていると考える傾向について

①経営者の誤解

「投資家や金融機関は配当や早期返済を重視するため、利益を還元に優先すべきだ。」
企業の中には、成長投資を控え、保守的な財務戦略を採用する傾向も見られます。

②資金提供者の期待

成長段階の企業には、利益還元よりも成長投資を優先してほしい。中長期の資本政策を明確に示し、将来の価値創造を重視する姿勢が求められる。

③非上場中堅企業への意義

中堅企業は、成長投資の優先を明確に伝えることで、資金提供者の期待に応え、長期的な支援を得られます。

④実践的アプローチ

  • 増資の提案時:投資家に「利益を新市場開拓に再投資し、5年後に売上3倍を目指す」と説明。VCやPEが求める高リターンを約束し、出資意欲を高める。
  • 融資の申請時:金融機関に「融資で設備投資を行い、将来の利益で確実な返済を」と計画を示す。融資期間の延長や融資枠拡大を獲得。

視点4. 赤字は評価を下げるため避けるべきと考える傾向について

①経営者の誤解

「赤字状態では投資家や金融機関に低評価され、資金調達が困難になるため、黒字化を最優先すべきだ。」
外部資金を導入した手前、短期的な黒字維持に固執される事情も分かります。

②資金提供者の期待

赤字が成長投資の結果であれば許容される。赤字の理由と、黒字化に至る明確な道筋をデータで示してほしい。

③非上場中堅企業への意義

中堅企業は、戦略的な赤字を成長のステップと位置づけ、資金提供者にその意義を説明することで支援を得られます。

④実践的アプローチ

  • 増資の提案時:投資家に「研究開発による一時的な赤字だが、2年後に新商品で売上〇〇億円」と計画を提示。戦略的赤字の正当性を説明し、VCやPEの信頼を獲得。
  • 融資の申請時:金融機関に「赤字は市場拡大のための投資。3年後に黒字転換」とキャッシュフロー予測を示す。融資承認の可能性を高める。

視点5. 成長停滞時は従来路線の継続が安全と考える傾向について

①経営者の誤解

「成長が鈍化しているため、リスクを避け、従来の事業を継続するのが現実的だ。」
いつの時代でも、保守的な戦略に固執する経営者が多く見られます。

②資金提供者の期待

成長停滞の原因を分析し、M&Aや新規事業など大胆な成長戦略を再構築してほしい。提携や買収も積極的に検討すべき。

③非上場中堅企業への意義

中堅企業は、成長再加速のための大胆な戦略を採用し、資金提供者にその可能性を示すことで、支援を引き出せます。

④実践的アプローチ

  • 増資の提案時:投資家に「他社買収で売上1.5倍を目指す」とシナジー効果を強調。PE投資家が買収資金の出資を検討しやすくなる。
  • 融資の申請時:金融機関に「提携により新市場進出、売上増」と計画を提示。事業拡大による信用力向上をアピールし、追加融資を確保。

視点6. 情報開示の努力が成果に結びつかないと感じる傾向について

①経営者の誤解

「投資家や金融機関の関心が低いため、詳細な情報開示や説明に力を入れても効果が限定的だ。」
情報開示の優先度を低く見積もる事例です。

②資金提供者の期待

企業ステージに合った投資家や金融機関をターゲットに、効果的かつ継続的な情報開示を行うことで信頼を築いてほしい。

③非上場中堅企業への意義

中堅企業は、ターゲットを絞った情報開示で資金提供者の関心を引き、長期的な関係を構築できます。

④実践的アプローチ

  • 増資の提案時:VCやPE向けに詳細な事業計画を、個人投資家向けに簡潔な概要を用意。投資家イベントで積極的にPRし、出資者を増やす。
  • 融資の申請時:金融機関に定期的な事業報告書を提出し、信頼関係を強化。融資枠の拡大や条件改善を実現。

視点7. 業績目標の開示はリスクが高いと考える傾向について

①経営者の誤解

「業績目標を提示すると、未達時に信頼を失うため、できるだけ公表を避けるべきだ。」
目標開示をリスクと捉える事例です。

②資金提供者の期待

成長目標や主要指標(KPI)の進捗を継続的に開示し、変更時には理由と改善策を明確に説明してほしい。透明性が信頼につながる。

③非上場中堅企業への意義

中堅企業は、透明な目標管理と進捗報告を通じて、資金提供者の信頼を維持・強化できます。

④実践的アプローチ

  • 増資の提案時:投資家に「売上目標〇〇億円、月次進捗を報告」と約束。目標変更時は理由を速やかに説明し、次の出資ラウンドをスムーズに進める。
  • 融資の申請時:金融機関に四半期ごとの進捗報告を約束。計画修正時に改善策を提示し、融資継続の信頼を確保。

まとめ

東証のグロース市場における経営者と投資家のギャップ分析は、非上場中堅企業にとって、資金調達における戦略的コミュニケーションの重要性を示しています。中堅企業は、既存事業の安定性と成長可能性を併せ持つため、資金提供者との対話でこのバランスを効果的に伝えることが求められます。本資料の7つの視点は、経営者が自身のマインドセットを見直し、資金提供者の期待に合わせた戦略を構築する指針となります。これにより、増資や融資の成功率を高め、企業成長を加速させる基盤を築けます。

追加説明:事業性融資の制度化と情報開示の重要性

2025年5月から、「事業性融資の推進等に関する法律」に基づく「事業性融資」が制度化され、施行されます。

制度概要:

この制度は、不動産担保や経営者保証に過度に依存せず、事業者の実態や将来性(例: 無形資産、成長戦略、キャッシュフロー)を重視した融資を促進するものです。特に、非上場中堅企業にとっては、有形資産が少ない場合でも資金調達の機会を拡大し、成長投資を後押しする画期的な枠組みとなります(詳細: 金融庁「事業性融資の推進等に関する法律等に関する留意事項について」)。https://www.fsa.go.jp/policy/kigyoukachi-tanpo/index.html

情報開示の重要性:

この融資が実行されるためには、経営者による事業計画や財務状況に関する情報開示の姿勢が不可欠です。金融機関は、従来の財務諸表中心の評価から、事業の成長ポテンシャルを多角的に分析します。具体的には、3~5年の中長期計画、KPIの進捗、市場競争力のデータなどを透明性高く提供することで、信頼を築き、融資承認や条件改善(例: 低金利、無担保)を獲得しやすくなります。

事例:製造業A社の事業性融資成功ケース:

A社(従業員50名、売上30億円の非上場中堅製造業)は、新製品開発のための資金調達を目指し、事業性融資を活用。金融機関に提出した事業計画では、「新製品により3年後に売上50億円、利益率8%」を目標とし、市場調査データ(市場規模1000億円、競合シェア分析)や開発スケジュールを詳細に開示。さらに、四半期ごとの進捗報告を約束し、研究開発に伴う一時的な赤字の正当性を説明。これにより、担保なしで5億円の融資を低金利で獲得し、新製品の市場投入に成功。事業性融資の枠組みを活用した透明な情報開示が、信頼構築と融資承認の鍵となった。

本資料の7つの視点(特に視点6・7の情報開示関連)と連動し、事業性融資を活用した戦略的資金調達を実現してください。施行に向け、早めの事業計画策定をおすすめします。

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